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『ポートレイトの秘密』
『大図書館の羊飼い』を基にした二次創作短編SS
(2013年5月25日公開 8月6日更新)
※『大図書館の羊飼い』からの二次創作短編SSです。終盤がネタとなってるためネタバレあります。
2013年夏コミ新刊(文庫サイズ)『また逢う日のポートレイト』の序章部分となります。
生徒会選挙後とエンディング手前の間、「凪ルート」終盤のとある騒動の後日談といった位置づけですが、
今回のお話の少し前となる別の二次創作短編(まだ準備中)と絡んで、凪ルートではなく、
多岐川葵ルート…と見せかけて望月真帆ルートとなる予定の2013年夏コミ本小説に繋がります。
なお、夏コミ本の準備の際に、こちらの内容に変更が生じる場合があります。
巻末に(pixiv掲載には無い)おまけで、
ウチが通勤中とかに携帯電話のテキストに打ち込んでいた時のプロットや
未使用テキスト資料(14年12月26日追記)も公開します。
(2013年8月6日公開ver.)
【 序章 】
これは生徒会選挙の結果が出た後の、とある日の出来事。
活気ある放課後の空気も静まった、外が夜の闇に覆われた時間。
しかし事務棟十二階にある生徒会室は明かりが灯っており、中にはまだ二人の人が残っていた。
選挙で図書部からの候補者・白崎つぐみに敗れるまで生徒会副会長だった多岐川葵はこの日も、新しい生徒会への引継ぎの為に残っていた書類を片付けていた。そしてそれを終えて帰ろうとした時に、既に実質的に引退していたものの新体制に代わるまでは生徒会長である望月真帆から「葵はもう少し残りなさい」と告げられていた。
生徒会長の席に姿勢正しく着く望月真帆。その机の前に葵は立ち尽くしてる。尊敬する上級生が次に何を自分に向けてくるのか、恐ろしさの余り俯いてしまい、その長い髪やその表情を窺うこともできない。
というのも、机には望月の写った写真が数枚広げられていたのだ。
（おかしい。私が大事にしている望月さんの写真なら、先日に財布を落とした時も、返されたあと直ぐに全て揃っている事を確認している。それに財布に収めている写真は今日も生徒会室までのエレベーターで一人眺めて確認したのだ。部屋に残しているものは全て隠し棚に仕舞っている。それなら目の前の机に並ぶ写真どこで？）
「葵も持っているそうね」
静かに話しかけてきた望月に、顔を上げた葵は狼狽してしまい「どうしてそれを…」と掠れた声を発してしまう。
望月はこれらの写真を葵が密かに手にしていた事を誰かから知らされているらしい。
写真の秘密を知っているのは撮影者以外だと葵の財布を拾ったあの二人しかいない。
葵は、財布の中から写真を見つけだした図書部の筧京太郎ともう一人の同行者…大きい胸だけが葵の印象に残る女子学生、その二人の事を一瞬思い浮かべたが、それよりも今、葵の秘密を望月に知られてしまったという非常事態に、動揺の余り思考も言葉も形になるより前に霧散してしまう。
「後でいいから、あなたの持っている写真も全て焼き増して欲しいわ」
望月はそう穏やかに、けれどもはっきりと告げる。断わる事の許されない笑顔。写真の事をどこまで知っているのか、底が見えない。
なぜ葵が望月の写真を持っているのか、そう追及されるとばかり思っていた葵は、意図の読めない望月の要望にと聞き返す事しかできない。
「焼き増しを…するのですか？」
「そうよ。葵も持っていたいのでしょう」
望月はすぐ手元にある写真の一枚を拾いあげる。
「隠し撮りされてるから、どの写真の私も全く気付いた素振りも見せない自然体で撮られているわ。だからね、私も持っていたいわ」
望月の手にしている写真は葵にとってお気に入りの一枚と同じものだった。それをねだる望月を拒む事が出来ない。
「…わかりました」
葵はもう観念するしかなかった。
「それから、これからも撮るのは構わないけど、全部、私にもお願いね」
ふふっと笑いながら望月は小首をかしげて見せた。長い髪を少しなびかせて。
これでお話はおしまいと言う望月。
葵も一息つくが、そこで不意に最初の疑問を思い起こす。葵は言葉を選びながら慎重に伺ってみることにした。
「望月さん。その写真は誰からいただいたんですか？」
そう言いながら葵は、頭の中では先日の生徒会選挙の事を思い返していた。
あれは対立していた図書部の白崎が優勢となっていた選挙の後半戦の事だった。巻き返しを図ろうと躍起になってしまった余り、幾つもの過ちを犯してしまい、ついにはその所為で図書部を存亡の危機に陥らせてしまったのだ。
落としてしまった財布を筧に拾われたのは、そんな時だった。
財布に隠された秘密を握った事で、図書部を窮地から脱する為に筧が脅迫の材料にしてくると思っていた。しかし筧は深く追求することも無く、「曲がった事はしたくない」とだけ言って財布を返してくれたのだ。
だから望月さんに写真の事を告げたのは彼ではない。あの図書部の筧がこんな不誠実な事をするはずがない。
では誰なのかと葵は考えを更に巡らせてみる。
少なくとも写真を葵に提供してくれる子が白状してしまった可能性は、望月さんが撮影者を知らないことから無さそうだし、他に該当者が思いつかないから全く分からない。いったい誰がこの方に？
……あれ？
いつの間にか俯いて長く思考の中にはまり込んでいた葵は、目の前に望月が居るにも拘らず全く気配が感じられない事に気付く。恐る恐る視線を望月の体を辿るように慎重に挙げていくが、その間も全く望月は身動ぎもせず、沈黙したままだった。
その顔を窺おうとした葵は、滅多に見たことがない上級生の姿を目にして絶句してしまう。
帰ろうと席から立ち上がっていたらしい望月は葵の目の前で彫像のように硬直していたのだ。何か告げようとしているけれども、呼吸が止まったかのように発する事もできない。
「…望月、会長？」
葵は望月の目を覚まそうと声をかけてみると、望月は意識が少し戻ったのかストンと椅子に腰を落とした。それでもまだ呆然としていたが、突然目覚めたかのように机に両手を突くと、望月は葵に顔を突き出し「わ、私はもう会長を引退したはずよ」と言い返してくる。
葵に迫る望月の顔は紅潮していた。言い切った後になって本人もそれに気付いたのか、席に着きなおすと恥ずかしそうに視線を手元の机の上に泳がせてしまう。
そうしてから望月は恐る恐る上目遣いに葵を見上げた。
「あ…あなたの質問…ね？ 答えないといけない…かしら？」
ジト目を見せる望月さん！ なんで今カメラを持ち合わせてなかったんだろう。葵は頭の中がその表情のイメージで溢れそうになってしまう。
そんな望月の赤らんだ顔色がしゅんと沈んだのに目を留めて初めて、望月の言葉に対して無意識の内に思わず頷き返してしまった事に気付いた。
観念した望月は深く息を吸い込むと巻くしたてるように言い訳し始める。
「こ、この写真は、ちょっと無理に頼んでとある方から分けて貰ったのよ。でも、誰かまでは言えないわ。ええ誰にも。それに特に何か頼まれたりはしてないし」
この言い訳だけで望月の写真がどこにまで流出していたのかを察した。まさか第一食堂「アプリオ」に居るあの人にまで写真が渡っていたなんて。学園の裏事情にかなり通じているという噂もある嬉野という女子にだけは気をつけないといけないと葵は心に誓ってしまう。
その間にも望月の独白は続いていた。
「誰が撮ったのかも、その人は守秘義務ですって言って教えてくれなかったの。代わりに他にも一番身近にユーザーがいると教えてもらったわ」
そこで一息つくと望月は葵の顔を見る。
「だから、あなたに頼もうと思ったの」
「私……ですか」
敬愛する生徒会長からの言葉、一番身近に居ると思われていた事に、葵はそれ以上何も言えなくなってしまう。
その様を気にすることなく、望月はどこからか新たな一枚の写真を差し出した。
「この写真」
葵はどんな写真だろうとそれを見る。そこに写るのは葵だけ。木々と重なり隠れている誰かと会って封筒を手渡しされてる様子を隠し撮りされた写真だった。
「……へ？」
浮付いていた葵は間の抜けた声を洩らしてしまう。
「私を撮った人だけ隠れちゃっているから誰なのかわからないわ。だからあなたからその人の頼んで欲しかったのよ」
「これは……この前の？」
つい先日の朝、財布を落としてしまう少し前に、葵は写真を撮影者から受け取っていたのだった。その様子が隠し撮りされていたと葵も今知る。
そして秘密を握られてはいけない人物に既にマークされているという事実に、葵は机に両手を突いてうな垂れてしまうのだった。
◆ ◆ ◆
「ねぇ、葵」
生徒会室の扉の鍵が掛かったかを確認していた葵に望月は話しかける。その声に振り向いた葵は真っ直ぐ見据える望月に射止められてしまった。
「あなたは選挙に負けたからといって生徒会を去るつもりみたいだけど、ダメよ。葵は新しい生徒会にも必要だわ」
他に誰も居ない廊下に望月の声だけが響き、はっきりと葵に届く。しかし望月の望みは、出来る事なら夜逃げ同然に生徒会から去りたいとさえ思いながら、引継ぎの準備を進めていた葵にとっては難題な事であった。
「そんなのきっと無理です。だって私は、あの人たちに酷い仕打ちをしたんですよ」
望月には既に正直に白状していたが、生徒会選挙で勝つ為だけに、葵は対抗する図書部を相手にいくつもの酷い手段を用いており、ついにはその部室を奪う事態にまで至らしめてしまったのだ。そのような失態を思うと新しい生徒会長やその仲間たちの前に出る勇気なんてない。
けれども望月は尚も葵を説得しようとする。
「私もあなたにはまだ頑張って欲しいし、学んで欲しい。だからしっかり謝って仲間になりなさい」
今日の悪い出来事を抜きにしても、敬愛する望月からの強い要望を拒む事は、もはや葵にはできなかった。
◆ ◆ ◆
望月の写真についてはその後、葵が撮影者から焼き増してもらい、今後は一枚多くプリントするのを頼んでいる。
但し、筧が望月と一緒に写っている一枚の写真だけは渡せずにあった。望月が筧に以前より好意を寄せていたのを何度と無く目にしていた事もあって、葵は筧の事を今も快く思っていない。だから望月には渡せない。
それにその写真は二人を別々にハサミで切り分けてしまったから、とても譲れる状態ではないのだ。
加えて筧の写る欠片だけは財布の奥に押し込み、事ある毎に何度も折りたたんだり握り潰してしまうなど手荒に扱っていたから皺くちゃだった。
この欠片は、筧に財布の中身を見られた時、偶然にも本人に見つからずに済んでいる。良かったと思うと共に、後になってとんだ逆恨みをしていた自分を葵は恥じていた。
だから皺くちゃになっていた筧の写真の欠片は、出来るだけ綺麗に直して半分に折り畳み、他に隠す所が思い至らなかったので仕方なく財布に戻したのだった。
【 一 白崎会長と新生徒会 】
十月二十五日の放課後、事務棟十二階にある生徒会室に新生徒会長の白崎つぐみと図書部員を中心とした新しい生徒会役員や執行部の面々が集まっていた。
多岐川葵も居心地悪そうに生徒会室の隅に佇み、生徒会長の席を中心に集まる他のみんなの様子を見つめていた。
葵は、先日に前生徒会長の望月から「生徒会でまだ頑張ってほしい」と強くお願いされていたのだが、この日になっても新しい生徒会に自分が居ても良いのかどうか迷っていたし、どう声を掛ければいいのか分からずにいた。
生徒会室の扉の前まで来た時もそのまま引き返してしまおうかと思ってしまったけれども、そこで望月と居合わせてしまい、葵はそのまま中に連れ込まれていたのだった。
新生徒会執行部の顧問となった望月前会長にみんなの前に引っ張り出されても、葵は緊張の余り顔を強張らせてしまう。
どうすればいいのか。何よりも図書部の人に謝らないといけない。ではどう謝ればいいのか。どう伝えれば。
「選挙では、ご迷惑をおかけしました」
口から出た謝罪は余りに形式的な言葉だった。
「これからは、心を入れ替え、誠心誠意取り組んでいきたいと思っています」
頭を下げてみせるが、このような言葉では許されないかもしれないと葵は思ってしまう。
沈黙する中、恐る恐る顔を上げると、まるで古風な剣士のように長い黒髪をポニーテールにしている女子学生の不服そうな顔と目が合ってしまう。先の選挙の立会演説会直後に言い合いをしてしまった会計の桜庭玉藻だ。
しかし、新生徒会長の白崎つぐみは満面の笑顔を見せ待ち構えていた。そして「うんうん」と髪の両側に結わえた小さなリボンが揺れるくらい少しオーバーに頷くと手を差し伸べてきたのだ。
「河原で殴りあった後は、仲直りだよね」
葵は予想外の事に呆然とするが、その手を掴んだ白崎は更に思いがけない事を告げた。
「そんな多岐川さんには生徒会副会長をお願いしたいんだけど、いいかな？」
白崎の指名を直ぐには理解できずにいた葵だったが、言葉を反芻してやっと飲み込むと、
「みなさんに協力はしますが、副会長なんてそんな…無理です！」
と慌てて固辞する。
ついこの前まで生徒会長の座をめぐり激しく対立していたし、先ほど一応謝罪したとは言え、葵は何度も図書部に対して妨害までしてしまっていた。
望月の説得によって白崎たちの下についてサポートするという所まで決意していたけれども、それですら今この時まで葵は何度も揺らいでいたのだ。副会長という地位なんてとても相応しいとは言えない。
それなのに、白崎は葵の引く決意の境界線をあっさり飛び越えて、葵の懐にまで迫ってきた。いや本当に白崎は葵の手を握ったまま迫ってきている。
「協力してくれるのなら是非お願いします」
そう言って目の前で笑顔を向ける。葵はこの脅迫まがいのお願いに困惑するが、周りに居る他の図書部員、あの桜庭までも呆れ顔を見せて、誰も新生徒会長の振る舞いを止めようとしない。もちろん望月も。
もし、選挙戦の頃まで生徒会活動での私の理想を認めて後押ししてくれたあの「羊飼い」が今この場に居てくれたなら、どう助言してくれただろうか。
才能があり、努力を怠らない人間の所に現れ、その願いを叶えてくれる謎の人が居てくれたら。
でも選挙戦の途中から劣勢な私に愛想が尽き果てたからか、その時以来、羊飼いはもう何も答えてくれなくなっている。今は自分ひとりで決心しないといけないんだと葵は思い至る。
目の前に迫る白崎はこれから生徒会をどう変えようとするつもりなのか、何を見せてくれるのか。今までの生徒会を大切に思っていただけに、葵は気になってしまう。
白崎のお願いに根負けして、葵は再び生徒会副会長に就き、新生徒会役員の一員に加わることとなった。
(以降、2013年夏コミ新刊『また逢う日のポートレイトに続く)
(2013年6月30日公開ver.)
【 序章 】
これは生徒会選挙の結果が出た後の、とある日の出来事。活気ある放課後の空気も静まった、外が夜の闇に覆われた時間。
しかし事務棟十二階にある生徒会室は明かりが灯っており、中にはまだ二人の人が残っていた。
選挙で図書部からの候補者・白崎つぐみに敗れるまで生徒会副会長だった多岐川葵はこの日も、新しい生徒会への引継ぎの為に残っていた書類を片付けていた。そしてそれを終えて帰ろうとした時に、既に実質的に引退していたものの新体制に代わるまでは生徒会長である望月真帆から「葵はもう少し残りなさい」と告げられたのだ。
生徒会長の席に着く望月真帆。その机の前に葵は立ち尽くしていた。尊敬する上級生が次に何を自分に向けてくるのか、恐ろしさの余りその顔を窺うこともできない。
というのも、机には望月の写った写真が数枚広げられていたのだ。
おかしい。私が大事にしている望月さんの写真なら、先日に財布を落とした時も、返された後直ぐに全て収まっている事を確認している。それに財布に収めているのは今日も生徒会室までのエレベーターで一人眺めて確認したのだ。部屋に残しているものは隠し棚に仕舞っている。
それなら目の前の机に並ぶ写真どこで？
「葵も持っているそうね」
静かに話しかけてきた望月に、顔を上げた葵は「どうしてそれを…」と掠れた声で答えてしまう。
望月の写真を葵が密かに手にしていた事を誰かから知らされているらしい。
写真の秘密を知っているのは葵の落とした財布を拾ったあの男しかいない。
葵は、財布の中から写真を見つけだした図書部の筧京太郎ともう一人の同行者の事を一瞬思い浮かべたが、それよりも今、葵の秘密を望月に知られてしまったという非常事態に、動揺の余り思考も言葉も形になるより前に霧散してしまう。
「後でいいから、あなたの持っている写真も全て焼き増して欲しいわ」
望月はそう穏やかに、けれどもはっきりと告げる。断わる事も許されない笑顔。写真の事をどこまで知っているのか、底が見えない。
なぜ葵が望月の写真を持っているのか、そう追及されるとばかり思っていた葵は、意図の読めない望月の要望に、
「焼き増しを…するのですか？」
と聞き返す事しかできない。
「そうよ。葵も持っていたいのでしょう」
望月はそう言って一枚を拾いあげる。
「隠し撮りされてるから、どの写真の私も全く気付いた素振りも見せない自然体で撮られているわ。だからね、私も持っていたいわ」
望月の手にしている写真は葵にとってお気に入りの一枚と同じものだった。それをねだる望月を拒む事が出来ない。
「…わかりました」
葵はもう観念するしかなかった。
「それから、これからも撮るのは構わないけど、全部、私にもお願いね」
これでお話はおしまいと言う望月。
葵も一息つくが、そこで不意に最初の疑問を思い起こす。葵は言葉を選びながら慎重に伺ってみることにした。
「望月さん。その写真は誰からいただいたんですか？」
そう言いながら葵は、頭の中では先日の生徒会選挙の事を思い返していた。
あれは対立していた図書部の白崎が優勢となっていた選挙の後半戦の事だった。巻き返しを図ろうと躍起になってしまった余り、幾つもの過ちを犯してしまい、ついにはその所為で図書部を存亡の危機に陥らせてしまったのだ。
落としてしまった財布を筧に拾われたのは、そんな時だった。
財布に隠された秘密を握った事で、図書部を窮地から脱する為に筧が脅迫の材料にしてくると思っていた。しかし筧は深く追求することも無く、「曲がった事はしたくない」とだけ言って財布を返してくれたのだ。
だから望月さんに写真の事を告げたのは彼ではない。あの図書部の筧がこんな不誠実な事をするはずがない。
では誰なのかと葵は考えを更に巡らせてみる。
少なくとも写真を葵に提供してくれる子が白状してしまった可能性は、望月さんが撮影者を知らないことから無さそうだし、他に該当者が思いつかないから全く分からない。いったい誰がこの方に？
……あれ？
長く思考の中にはまり込んでいた葵は、気付かない内に落としていた目先に望月の制服の腰辺りを見たが、その身体の動く気配が全く無い事に気付く。それにさっきから望月は沈黙したままだった。
その顔を恐る恐る窺おうとした葵は、滅多に見たことがない上級生の姿を目にして絶句してしまう。
帰ろうと席から立ち上がっていたらしい望月は葵の目の前で彫像のように硬直していたのだ。何か告げようとしているけれども吐息が掠れるだけで言葉にもなっていない。
「…望月、会長？」
葵は望月の目を覚まそうと声をかけてみると、望月は意識が少し戻ったのかストンと椅子に腰を落とした。それでもまだ呆然としていたが、突然目覚めたかのように机に両手を突くと、望月は葵に顔を突き出し「わ、私はもう会長を引退したはずよ」と言い返してくる。
葵に迫る望月の顔は紅潮していた。言い切った後になって本人もそれに気付いたのか、席に着きなおすと恥ずかしそうに視線を手元の机の上に泳がせてしまう。
そうしてから望月は恐る恐る上目遣いに葵を見上げた。
「あ…あなたの質問…ね？ 答えないといけない…かしら？」
ジト目を見せる望月さん！ なんで今カメラを持ち合わせてなかったんだろう。葵は頭の中がその表情で溢れそうになってしまう。
そんな望月の赤らんだ顔色がしゅんと沈んだのに目を留めて初めて、望月の言葉に対して無意識の内に思わず頷き返してしまった事に気付いた。
観念した望月は深く息を吸い込むと巻くしたてるように言い訳し始める。
「こ、この写真は、ちょっと無理に頼んでとある方から分けて貰ったのよ。でも、誰かまでは言えないわ。ええ誰にも。それに特に何か頼まれたりはしてないし」
この言い訳だけで望月の写真がどこにまで流出していたのかを察した。まさか第一食堂アプリオに居るあの人にまで写真が渡っていたなんて。学園の裏事情にかなり通じているという噂もある嬉野という女子にだけは気をつけないといけないと葵は心に誓ってしまう。
その間にも望月の独白は続いていた。
「誰が撮ったのかも、その人は守秘義務ですって言って教えてくれなかったの。代わりに他にも一番身近にユーザーがいると教えてもらったわ」
そこで一息つくと望月は葵の顔を見る。
「だから、あなたに頼もうと思ったの」
「私……ですか」
敬愛する生徒会長からの言葉、一番身近に居ると思われていた事に、葵はそれ以上何も言えなくなってしまう。
その様を気にすることなく、望月はどこからか新たな一枚の写真を差し出した。
「この写真」
葵はどんな写真だろうとそれを見る。そこに写るのは葵だけ。木々と重なり隠れている誰かと会って封筒を手渡しされてる様子を隠し撮りされた写真だった。
「……へ？」
浮付いていた葵は間の抜けた声を洩らしてしまう。
「私を撮った人だけ隠れちゃってるから誰なのかわからないわ。だからあなたから頼んで欲しいってお願いしたかったのよ」
「これは……この前の？」
つい先日の朝、財布を落としてしまう前に葵は写真を撮影者から受け取っていたのだった。その様子が隠し撮りされていたと葵も気付く。
そして秘密を握られてはいけない人物に既にマークされているという事実に、葵は机に両手を突いてうな垂れてしまうのだった。
◆ ◆ ◆
「ねぇ、葵」
生徒会室の扉の鍵が掛かったかを確認していた葵に望月は話しかける。その声に振り向いた葵は真っ直ぐ見据える望月に射止められてしまった。
「あなたは選挙に負けたからといって生徒会を去るつもりみたいだけど、ダメよ。葵は新しい生徒会にも必要だわ」
他に誰も居ない廊下に望月の声だけが響き、はっきりと葵に届く。しかし望月の望みは、出来る事なら夜逃げ同然に生徒会から去りたいとさえ思いながら、引継ぎの準備を進めていた葵にとっては難題な事であった。
「そんなのきっと無理です。だって私は、あの人たちに酷い仕打ちをしたんですよ」
望月には既に正直に白状していたが、生徒会選挙で勝つ為だけに、葵は対抗する図書部を相手にいくつもの酷い手段を用いており、ついにはその部室を奪う事態にまで至らしめてしまったのだ。そのような失態を思うと新しい生徒会長やその仲間たちの前に出る勇気なんてない。
けれども望月は尚も葵に告げる。
「私もあなたにはまだ頑張って欲しいし、学んで欲しい。だからしっかり謝って仲間になりなさい」
今日の悪い出来事を抜きにしても、敬愛する望月からの強い要望を拒む事は、もはや葵にはできなかった。
◆ ◆ ◆
望月の写真についてはその後、葵が撮影者から焼き増してもらい、今後は一枚多くプリントするのを頼んでいる。
但し、筧が望月と一緒に写っている一枚の写真だけは渡せずにあった。望月が筧に以前より好意を寄せていたのを何度と無く目にしていた事もあって、葵は筧の事を今も快く思っていない。だから望月には渡せない。
それにその写真は二人を別々にハサミで切り分けてしまったから、とても譲れる状態ではないのだ。
加えて筧の写る欠片だけは財布の奥に押し込み、事ある毎に何度も折りたたんだり握り潰してしまうなど手荒に扱っていたから皺くちゃだった。
この欠片は、筧に財布の中身を見られた時、偶然にも本人に見つからずに済んでいる。良かったと思うと共に、後になってとんだ逆恨みをしていた自分を葵は恥じていた。
だから皺くちゃになっていた筧の写真の欠片は、出来るだけ綺麗に直して半分に折り畳み、他に隠す所が思い至らなかったので仕方なく財布に戻したのだった。
【 一 白崎会長と新生徒会執行部 】
十月二十五日の放課後、事務棟十二階にある生徒会室に、新生徒会長の白崎つぐみと図書部員を中心とした新しい生徒会役員や執行部の面々が集まっていた。
多岐川葵も居心地悪そうに生徒会室の隅に佇み、生徒会長の席を中心に集まる他のみんなの様子を見つめていた。
葵は、先日に前生徒会長の望月から「生徒会でまだ頑張ってほしい」と強くお願いされていたのだが、この日になっても新しい生徒会に自分が居ても良いのかどうか迷っていたし、どう声を掛ければいいのか分からずにいた。
生徒会室の扉の前まで来た時もそのまま引き返してしまおうかと思ってしまったけれども、そこで望月と居合わせてしまい、葵はそのまま中に連れ込まれていたのだった。
新生徒会執行部の顧問となった望月前会長にみんなの前に引っ張り出されても、葵は緊張の余り顔を強張らせてしまう。
どうすればいいのか。何よりも図書部の人に謝らないといけない。ではどう謝ればいいのか。どう伝えれば。
「選挙では、ご迷惑をおかけしました」
口から出た謝罪は余りに形式的な言葉だった。
「これからは、心を入れ替え、誠心誠意取り組んでいきたいと思っています」
そう言って頭を下げたが、このような言葉では許されないかもしれないと葵は思ってしまう。
沈黙する中、恐る恐る顔を上げると、先の選挙立会演説会直後に揉めてしまった事のあった会計の桜庭玉藻はやはり不服そうな顔を向けている。しかし、新生徒会長の白崎つぐみは満面の笑顔を見せ待ち構えていた。そして、「うんうん」とややオーバーに頷くと
「河原で殴りあった後は、仲直りだよね」
と言いながら手を差し伸べてきたのだ。
葵は予想外の事に呆然とするが、その手を掴んだ白崎は更に思いがけない事を告げた。
「そんな多岐川さんには生徒会副会長をお願いしたいんだけど、いいかな？」
白崎の指名を直ぐには理解できずにいた葵だったが、言葉を反芻してやっと飲み込むと、
「みなさんに協力はしますが、副会長なんてそんな…無理です！」
と慌てて固辞する。
ついこの前まで生徒会長の座をめぐり激しく対立していたし、先ほど一応謝罪したとは言え、葵は何度も図書部に対して妨害までしてしまっていた。
望月の説得によって白崎たちの下についてサポートするという所まで決意していたけれども、それですら今この時まで葵は何度も揺らいでいたのだ。副会長という地位なんてとても相応しいとは言えない。
それなのに、白崎は葵の引く決意の境界線をあっさり飛び越えて、葵の懐にまで迫ってきた。いや本当に白崎は葵の手を握ったまま迫ってきている。
「協力してくれるのなら是非お願いします」
そう言って目の前で笑顔を向ける。葵はこの脅迫まがいのお願いに困惑するが、周りに居る他の図書部員、あの桜庭までも呆れ顔を見せて、誰も新生徒会長の振る舞いを止めようとしない。もちろん望月も。
もし、選挙戦の頃まで生徒会活動での私の理想を認めて後押ししてくれたあの「羊飼い」が今この場に居てくれたなら、どう助言してくれただろうか。
才能があり、努力を怠らない人間の所に現れ、その願いを叶えてくれる謎の人が居てくれたら。
でも選挙戦の途中から劣勢な私に愛想が尽き果てたからか、その時以来、羊飼いはもう何も答えてくれなくなっている。今は自分ひとりで決心しないといけないんだと葵は思い至る。
目の前に迫る白崎はこれから生徒会をどう変えようとするつもりなのか、何を見せてくれるのか。今までの生徒会を大切に思っていただけに、葵は気になってしまう。
白崎のお願いに根負けして、葵は再び生徒会副会長に就き、新生徒会役員の一員に加わることとなった。
これは生徒会選挙の結果が出た後の、とある日の出来事。
放課後も過ぎ、外が夜の闇に覆われた時間。しかし生徒会室には明かりに包まれ、中にはまだ二人が残っていた。
選挙に敗れるまで生徒会副会長だった多岐川葵は、この日も新しい生徒会への引継ぎの為に進めていた残務を処理していたが、それを終えて帰ろうとした時に、新体制に代わるまでは生徒会長の望月真帆から「葵は少し残りなさい」と告げられた。
生徒会長席に着く望月真帆。その机の前に葵は立ち尽くしていた。ただ、尊敬する上級生が次に何を自分に向けてくるのかを恐れ、その顔を窺うこともできずに。というのも、机には望月の写真が数枚広げられていたのだ。
おかしい。私が大事にしている望月さんの写真なら、手持ちのものは財布に収めているのを今日も生徒会室までのエレベーターで一人眺めて確認した筈だし、部屋に残しているものは隠し棚に仕舞っている。それなら目の前の机に並ぶ写真どこで誰から？
「葵も持っているそうね」
静かに話しかけてきた望月に、顔を上げた葵は「どうしてそれを…」としか言葉に出来なかった。
望月の写真を葵が密かに入手していた事を、望月は誰かから知らされているらしい。
葵は一瞬、先日に落してしまった財布から写真を見つけだした図書部の筧京太郎と一緒に居た誰かの二人を思い浮かんだが、それよりも、葵の秘密を望月に知られてしまったという事に、動揺の余り、思考も言葉も浮かび出すより前にすぐさま霧散してしまう。
「後でいいから、あなたの持っている写真も全て焼き増して欲しいわ」
望月はそう穏やかに、けれどもはっきりと告げる。断わる事も許されない笑顔。写真の事をどこまで知っているのか、底が見えない。
なぜ葵は望月の写真を持っているのか、そう追及されるとばかり思っていた葵は、意図の掴めない望月の要望に、「焼き増しを…するのですか？」聞き返す事しかできない。
「そうよ。葵も持っていたいのでしょう」
望月はそう言って一枚を拾いあげる。
「隠し撮りされてるから、どの写真の私も全く気にとめた素振りもない自然体にとられてるわ。だからね、私も持っていたいわ」
望月の手にしている写真は葵にとってもお気に入りの一枚と同じものだった。それをねだる望月に拒む事が出来ない。
「…わかりました」
葵はもう観念するしかなかった。
「それから、これからも撮るのは構わないけど、全部、私にもお願いね」
これでお話はおしまいと言う望月。
葵も一息つくが、そこでふと、最初の疑問を思い起こす。葵は言葉を選びながら慎重に伺ってみることにした。
「望月さん。その写真は誰からいただいたんですか？」
そう言いながら葵は、頭の中では先日の出来事を思い返していた。
あれは図書部からの候補者が優勢となっていた生徒会選挙の後半戦の最中だった。巻き返しを図ろうと躍起になっていた葵は幾つもの過ちを犯してしまい、ついにはその所為で図書部を存亡の危機に陥らせてしまったのだ。
そんな時に落としてしまった葵の財布が筧に拾われてしまう。
葵の秘密を握った事で、図書部を窮地から脱する為に脅してくるとばかり、葵は思っていた。しかし筧は深く追求することも無く「曲がった事はしたくない」とだけ言って財布を返してくれた。
だから、望月に写真の事を告げたのは彼ではない。あの図書部の筧がこんな不誠実な事をするはずがない。
では誰なのかと葵は考えを更に巡らせてみるが、少なくとも写真を提供してくれる子が白状してしまった可能性は望月の話からは無さそうだし、他にも該当者が思いつかないから全く分からない。いったい誰がこの方に？
……あれ？
長く疑問にはまり込んでいた葵は、その間に望月が何も口にせず、身動ぎする気配も見せていないと気付く。その様子を窺おうとした葵は、滅多に見たことが無い上級生の姿を目にしてしまい絶句してしまう。
帰ろうかと席から立ち上がっていたらしい望月は葵の目の前で彫像のように硬直していたのだ。何か言おうとしているようだけれども吐息が掠れるだけで言葉にもならない。
「…望月、会長？」
葵は望月の目を覚まそうと声をかけてみると、意識が少し戻ったのかストンと椅子に腰を落とす。それでもまだ呆然としていたが、突然目覚めたかのように机に両手を突くと、望月は葵に顔を突き出し「わ、私はもう会長を引退したはずよ」と言い返してくる。
葵に迫る望月の顔は紅潮していた。言い切った後になって本人もそれに気付いたのか、席に着きなおすと恥ずかしそうに視線を手元の机の上に泳がせてしまう。
そうしてから望月は恐る恐る上目遣いに葵を見上げた。
「あ…あなたの質問…ね？ 答えないといけない…かしら？」
ジト目を見せる望月さん！ なんで今カメラを持ち合わせてなかったんだろう。葵は頭の中がその表情で溢れそうになってしまう。
そんな望月の赤らんだ顔色がしゅんと沈んだのに目を留めて初めて、無意識の内に思わず頷き返してしまった事に気付いた。
観念した望月は深く息を吸い込むと巻くしたてるように言い訳しだした。
「こ、この写真は、ちょっと無理に頼んでとある方から分けて貰ったのよ。でも、誰かまでは言えないわ。ええ誰にも。それに特に何か頼まれたりはしてないし」
この言い訳だけで望月の写真がどこにまで流出していたかを察する。まさかあの人にまで写真が渡っていたなんて。自分もあのアプリオに潜むあの人にだけは気をつけないといけないと心に誓うのだった。
その間にも望月の独白は続いていた。
「誰が撮ったのかも、その人は守秘義務ですって言って教えてくれなかったの。代わりに他にも一番身近にユーザーがいると教えてもらったわ」
そこで一息つくと望月は葵の顔を見る。
「だから、あなたに頼もうと思ったの」
「私……ですか」
敬愛する生徒会長からの言葉、一番身近に居ると思われていた事に、葵はそれ以上何も言えなくなってしまう。
その様を気にすることなく、望月はどこからか新たな一枚の写真を差し出した。
「この写真」
葵は望月の手元を辿り、どんな写真だろうとそれを見る。そこに写るのは葵だけ。木々と重なり隠れている誰かと会って封筒を手渡しされてる様子を隠し撮りされた写真だった。
「……へ？」浮付いていた葵は間の抜けた声を洩らしてしまう。
「私を撮った人だけ隠れちゃってるから誰なのかわからないわ。だからあなたから頼んで欲しいってお願いしたかったのよ」
「これは……この前の？」
つい先日の、財布を落としてしまう直前の朝に隠し撮りされていたと葵も気付く。そして秘密を握られてはいけない人物に自分が既に囚われているという事実に、机に両手を突いてうな垂れてしまうのだった。
◆ ◆ ◆
「ねぇ、葵」
生徒会室の扉を閉めて鍵が掛かったかを確認していた葵に望月は話しかける。その声に振り向いた葵は真っ直ぐ見据える望月の視線に射止められてしまった。
「あなたは選挙に負けたからといって生徒会を去るつもりみたいだけど、ダメよ。葵は新しい生徒会にも必要だわ」
他に誰も居ない廊下に望月の声だけがはっきりと葵へと届く。しかし望月の望みは、出来る事なら夜逃げ同然に生徒会から去りたいとさえ思いながら残務処理を進めていた葵にとっては難題な事であった。
「そんなのきっと無理です。だって私は、あの人たちに酷い仕打ちをしたんですよ」
望月にも既に正直に白状していたが、生徒会選挙で勝つ為だけに、葵は対抗する図書部を相手にいくつもの荒い手段を用いており、ついにはその部室を奪う事態にまで至ってしまったのだ。それを思うと新しい生徒会長やその仲間たちの前に出る勇気もない。
けれども望月はなおも葵を捉えて言う。
「私もあなたにはまだ頑張って欲しいし、学んで欲しい。だからしっかり謝って仲間になりなさい」
今日の悪い出来事を抜きにしても、敬愛する望月からの強い要望を拒む事は、葵にはできなかった。
◆ ◆ ◆
望月の写真についてはその後、葵が撮影者から焼き増してもらい、今後は一枚多くプリントするのを頼んでいる。
但し、筧が望月と一緒に写っている唯一の写真だけは、望月が筧に以前より好意を寄せていたのを何度と無く目にしていた事もあって葵は今も快く思っていないから、望月には渡していない。それに葵の持っていたその写真も二人別々にハサミで切り分けてしまった為にとても譲れる状態ではないのだ。
加えて筧の写る欠片だけは財布の奥に押し込み、事ある毎に何度も折りたたんだり握り潰してしまうなど手荒に扱っていたから皺くちゃだった。
この欠片は、筧に財布の中身を見られた時にも偶々本人に見つからずに済んでいる。良かったと思うと共に、後になってとんだ逆恨みをしていた自分を葵は恥じていた。
だから皺くちゃになっていた筧の写真の欠片を出来るだけきれいに直して半分に折り畳み、他に置き場が無かったので仕方なく財布に入れていたのだった。
(2013年5月25日公開ver.)
生徒会選挙後の生徒会室。望月と葵だけが残り、会長席で向かい合う。机には望月の写真が数枚並ぶ。
おかしい。私の写真なら手持ちは財布に収めているのを生徒会室までのエレベーターで眺めていた筈だし、部屋のは隠し棚にある。それなら机に並ぶ写真は誰の？
「貴方も持っているそうね」
「どうしてそれを・・・」望月の写真を葵が密かに入手していた事を、望月は誰かから知らされていたらしい。一瞬、先日に落し物の財布から写真を見つけだした筧とその隣の誰かが思い浮かんだが、動揺の余り思考も言葉も続かない。
「後でいいから、貴方も持っている写真を全て焼き増して渡しなさいね」
そう穏やかにはっきりと告げる。断わる事は許されない笑顔。どこまで知らされているのか、底が読めない。
「焼き増しを…するのですか？」
「そうよ。貴方も持っていたいのでしょう」
そう言って一枚を拾いあげる。
「隠し撮りされてるから、どれも全く気にとめた素振りもない自然体にとられてるわ。だからね、欲しいの」
「わかりました」
私も持っているお気に入りの一枚と同じ写真をその有無を言わせぬ笑顔と並べるのは反則。
「それから、これからも撮るのは構わないけど、全部、私にもお願いね」
これでお話はおしまいと言う望月。葵も一息つくが、そこでふと、最初の疑問を思いおこした。言葉を選びながら慎重に伺う。
「その写真は誰からいただいたんですか？」
そう言いながら、頭の中では先日のやりとりが瞬時に巡り、あの筧が不誠意を見せるはずがないと思い至っていた。だから、では誰なのかと考えを巡らせてみるが、少なくとも写真を提供してくれるあの子が白状してしまった可能性は望月の話からは無さそうだし、他にも該当者が思いつかないから全く分からない。誰がこの方に？ …あれ？
帰ろうかと席から立ち上がっていたらしい望月は、何か言葉を出そうとしながらその場で硬直していた。
「…会長？」
恐る恐る目の前に立つ彫像のようになっている会長に声をかけてみる。すると意識が戻ったのかストンと椅子に腰を落とす。
「わ、私はもう会長を引退したはずよ」
とこちらに向けられたそのお顔は赤らんでいた。本人も気付いたのか即座に視線を手元の辺りに泳がせる。まるで写真を見つめ直すかのように。そして恐る恐るこちらに視線を向けてきた。
「あ…あなたの質問…ね？答えないといけない…かしら？」
じと目の望月さん！ なんで今カメラを持ち合わせてなかったんだろうと、とにかく頭がその表情で溢れそうになる。望月の羞恥が諦めに色を変えたのに目を留めて初めて、無意識の内に思わず頷き返してしまった事に気付いた。
観念した望月は巻くしたてるように言い訳する。
「…こ、これらのは、ちょっと無理に頼んでとある方から分けて貰ったのよ。誰かは言えないわ。特に何か頼まれたりはしてないし」
この言い訳だけで流出元を察する。自分もあの人物にだけは気をつけないと。
「誰が撮ったのかも情報元は守秘義務と言って教えてもらえなかったの。代わりに他にも身近にユーザーがいると聞かされたのよ。なんとなく貴方かなと」
そう聞かされて葵は最初からシラを切るべきだったと後悔する。
「それから、貴方は選挙に負けたからといって生徒会を去るつもりみたいだけど、ダメよ。貴方は新しい生徒会からも必要なの。私も貴方にまだ頑張って欲しいわ」
写真の事もあり、敬愛する望月からの要望を拒む事は葵にはできなかった。
写真はネガと共に回収し、これからは1枚多くプリントするのを頼む。但し、筧が一緒に写っているのは除くと。
(※以上が通勤中に携帯電話に打ち込んでいたテキストです)
※以下のテキストは、上記の小説を準備するに当たり書き留めていた、話を補足するメモです。
携帯に打ち込んだままの全く素の状態なので、テキストが文章を成してない箇所もあると思われます。
……ほんとはこれを元に前日譚を書くつもりでもあったんですけど、経過報告的だったので(汗)。
テキスト内容はあくまでも二次創作でのものですので、公式の設定等ではありません。
それはもう、分かり敢えないという、水と油みたいな関係。図書部がその名称に沿わない活動を始めた頃から目障りだったけれども、その奔放な活動が生徒会の施政にまで踏み込んできた事は、生徒会長であられる望月会長の好意的な思惑を差し置くとして、生徒会の存在意義をも問いただされるような容認し難い事態であった。そしてこの対立関係は、政策方針と個人的理念を巡る相違から、生徒会長選挙に副会長の多岐川 葵と図書部部長の白河が双方立候補するに及ぶこととなった。
今までの実績を警戒し、汐見祭においては図書部の申請等を厳しく取り扱い、生徒会は人気タレントを招くというような策を講じた。
イベントでの評判という結果では生徒会は図書部に人気投票で勝てたが、タレント名の記載票も支持票に含めるかどうかに留意するはずが、いつの間にか一緒に扱われた事が報じられ、生徒会への批判があがる。図書部の白河候補からも、人気投票の件はどちらも欠かせない要素だからと結果は受け入れるが、生徒会による審査が生徒会自身にも向けられたのかと問いただしてきた。
白河候補の意外な発言力から、中間結果では予想以上に支持を伸ばした図書部。この半年の実績も受けて支持を伸ばす図書部の勢いは衰えを全くみせない。
汐見祭より少し前の、図書部との関係が次期生徒会長を巡り険悪化した頃、ある請願が持ち込まれた。その時たまたま生徒会室には多喜川しかおらず、強引に渡される。その際に多喜川の顔を見たその男は生徒会長候補者だと気付き、助けてやると持ち掛けられる。
嫌な印象しかなかったので即座に拒否したが、男はなにか思惑げに立ち去った。渡された請願は、元々からの部員と称する者からの手書きの書簡だ。それには、自分達が不在の間に知らない内に図書部が乗っ取られており、部長選出に不正がある事が訴えられていたが、列挙される署名などからも、乱雑な読みづらい文字や言葉遣いからは、野蛮な印象を抱いてしまう。こういった不真面目な輩を学園から取り除かなければと改めて決意。その権威を振りかざすつもりで書簡を握り潰し、カバンにしまうのだった。
葵はしかしながら脳裏に時折、この件がぶり返す事もあった。嫌な出来事であり生徒会にまで巻き込みたくもないからと、誰にもこの事を話せずにいた。
訴えにある図書部の部長は誰かという案件は以前にも生徒会で少し話をもった事があったが、その際は、幽霊部員ではなく積極的に活動する現体制で選出された部長の方が望ましいとし、図書委員長の後押しもあって望月生徒会長が問題なしと判断したのだった。
もし部長となるのが筧京太郎であったら、望月会長はそれこそ受理せず保留してあいまいなままにしていたかもしれない。
以前より望月が熱心に好意を寄せており、生徒会に誘われても全く応じおうとしない筧は、対立する図書部の一員であるが、取り立てて特別能力が高いとは思えない。その中途半端さが気になってはいた。
あの輩が持ち出した手助けについても考えなかった訳ではないが、生徒会選挙が中間結果でかなり不利な状況に追い込まれているのも確かだけれども、嫌悪すべき存在に助けを借りるのは悪手であり、必ず後で災いとなるのは目に見えていた。
だからとは言え、図書部に幽霊部員からの訴えに異議はあるか伺うべきだったけれども、相手に塩を送る事にもなるし根深い対立関係からその機会をさぐる気にもなれずにいた。
時間が経つにつれ、その件の事を誰かに話すきっかけまでも失う。
このまま放置してても実質面から既に追認されている事だと、生徒会長選挙の多忙さから忘れようとした頃になって、それは大事に変貌する。
名義上の部長が突然図書部に押し掛けて占拠し、そのメンバーで部長を再選したのだ。
これにより白河候補ら図書部は路頭に迷い、選挙どころではなくなることから、形勢逆転となるべきだったが、いかに選挙が図書部優勢に傾いていた焦りがあったとしても、葵はこの騒動へ積極的に便乗できるはずがない。
だが、ここまで明確に騒ぎとなったなら、望月生徒会長が気付かない訳がなかった。隠し切れない事態になる事を葵は見落としていた。
突然の図書部での騒動、白河部長の解任と旧体制復帰の通知が出され、部室が占拠されたとの報道を耳にした望月は、自分達上級生の生徒会役員と図書委員長とで図書部部室に乗り込み、事実関係を調べ始める。
部長と称する男はあちらこそ不当に占拠して乗っ取っており、また活動も図書からは駆け離れていると指摘。訊かれてないのに選挙絡みではないとも答えた。
図書委員長は彼らの排除を求める。というのも、彼ら自身、図書館で目に余る振る舞いから入館禁止にしていたのだ。しかしこれは半年という期限付。また退部処置もとられてないから、部員による部長の解任選任手続きも有効。それに現在の図書部は、汐見祭では確かにそれらしい事はしたが、この半年、何でも屋とかになっていた。だから、追認または消極的に黙認せざるを得ない。そしてこの件については事前に葵に請願を渡していると話した事と、選挙絡みとの関係を男が否定してきた事から葵の何らかの関与も疑われたが、直接といただしても何も知らないと言うのみだった。不安定な様子を見せていた事から、深く問い詰められない。
以前に図書委員とも揉め事を起こしている経緯から、いずれはトラブルを起こして早々に入館禁止となるだろうといった受け身での対処しか期待できない。
調査は騒ぎが発覚して直ぐに始められた。そして大体の事実関係を確認したタイミングで望月に筧から連絡が入る。しかし望月は葵の関与を確認できないとしか答えられなかった。
筧はこの日に凪の助けを借りて秘密の図書館に潜り込み、葵の記録を目にする。その多くの分岐は末端までがどれも短い。そして最も近い運命の分岐点が最初の大きな分かれ目になっていた。
葵は真実を伝えるべきかまだ迷っていた。ただ、今更こちらが事の経緯を説明しても、あの集団が嘘をつけばどうにもならず、事実、訴えを握り潰したのは自分で、それだけでも負い目がある。いずれにせよ、身内からの信頼を失ってしまい選挙を続けるには難しい。その最中に、財布を落としてしまう。そしてそれを拾いあげて返してくれた筧からも正される。この事がきっかけに冷静に戻り、急ぎ自らの責任で事の収拾をはかる。ただ、それが大きなミスであり、運命の分かれ道だった。
ひとり、図書部部室に入った葵は、そこにたむろす男らに、先の請願は、半年以上も状況を放置したことを指摘し、退室を命じる。しかし男たちはそれを拒否。
更にはこれを黙認するよう迫り、それをも辛うじて拒むと、選挙協力だと証言するぞと脅しにかかる。怯む葵に迫り、その両腕を吊しあげた時、そこに筧とその友人、小太刀凪が現れる。直ぐに葵から男たちを引き離し、問いただす。応えない男らに、暴力を振るおうとしていたと証言すると告げると警告。凪は図書委員長に報告して入館禁止にせざるを得ないと言う。
いい気になるなよと捨てゼリフを残して、男らは図書館から出ていった。
葵は助けられた事に困惑し、早くその場から逃げようと、生徒会に報告すると言って立ち去った。望月には男らが図書館へ入館禁止となり出ていったので事態は収拾したと報告。先の部長交代もなくなり、元に戻ったと言う。そして再び図書部部室に行くと、室内を以前に近い姿に戻し、図書部へのメッセージを残した。
葵はこの後始末でも揉み消しの件を隠し通そうとしていたで敬愛する望月生徒会長の失望を買うことになってしまった。
なお、演説会の会場については早々に場所を確保しており、直前までに変更できなかったという事で、選挙戦前半の焦りがつけになったのであった。もっとも、選挙を通じての白河の人気の高さから、収容限界を越えており、それを見ただけでも選挙戦敗北は決定的だった。
決定的な敗北はもっと前、中間発表前の、汐見祭での人気投票の嫌疑から。あれを境に素人だった対立候補者が急成長をみせた。嫌疑となった件はどこから漏れたか。当時、望月に不審な行動がみられた。しかし望月は葵の味方である。だから何かの取引で望月から無理矢理漏らさせたか。それで利するのは図書部だから、まず筧に疑いを向ける。しかし、真相は望月自らによる情報のリークだった。なりふり構わぬ葵の振る舞いを正そうとしたのだと。裏切られた事にショックを隠せない。ただ、既にいくつもの過ちにつまづいていたから、なんとか受け止める。
敗北による喪失感から今後の身の振りに呆然としてしまう。そんな姿を心配して、望月は葵を新生徒会に加えるよう頼むのだった。
生徒会長選挙は図書部からの候補者 白河つぐみが当選する。今まで築きあげてきた地位を失う事に呆然自失していたが、新生徒会長の白河から、引き続き副会長になるよう依願される。望月の勧めもあり、また他に居場所をみいだせない事から、その要請を受け入れたのだった。
図書部の延長のような新生生徒会の活動、しかしこれまでのようにはいかない場面にも出くわす。柔軟な組織力で対処していくが、ある時に解決の難しい事態に直面する。それは葵が活動してきた時より難しい問題。
◆在校生ではなく不正に潜りこんでいる生徒が居るという噂
◆羊飼いの正体
◆年末年始イベント企画とその予算不足対策。クリスマスイベントまでしか当初組まれてない。
◆図書部の部室をこれからどう扱うつもりかとの図書委員からの苦言
◆望月前生徒会長の卒業と、つぐみ会長の妹など、新入生受け入れ準備
前生徒会長もいないから他に相談相手もいない。数日経っても解決策がみつからず時間も押し迫る最中、不意に多岐川は思いがけない提案を示す。
◆多岐川はきつく対立してきた図書部との同居に、これまでの経緯を不問とされたとは言え、大変居づらさを感じていた。ただ、実務で新会長に頼られ、更にほぼ毎日のように望月前生徒会長が様子を見に来ていた為にサボる訳にもいかない。実際、不馴れな初動を越してからは、前例もなく準備する時間からも困難で、前政権なら不可能と処断された提案を、図書部はこれまでの活動を通じた繋がりを持ったり、予想もしないアイデアから実現に漕ぎつけたのを二ヶ月に何度も目にしている。
一般的な常識の範囲でしか動けない自分に、葵は焦りを覚える。
◆ある日、住まいに戻る途中でその進路に立ちはだかるものと出くわす。図書部の猫らしいギザが街灯の下で怪しいショーを始めていたのだ。身の危険を感じて避けようとすると妙に切な気に鳴き追いすがる。その手には手紙が挟まってあった。あの羊飼いからだ。
(2013年4月27日のテキスト)